“つまらない”話

つまらない

あぁつまらない

つまらない

そう思って生活している人も多い世の中だが、そもそもなぜ、『つまらない』は『つまらない』なのか、どうも『つまらない』ので、調べてみた。

つまり、詰まる、つまらない、この3つはきちんと関係があるそうだ。

形から考えて、『つまり』と『つまらない』は動詞『詰まる』の派生語として捉えられるはずなので、まずは『詰まる』の意味を一覧してみる。

《三省堂国語辞典より引用》

①入れてすきまがなくなる。「箱にいっぱい━・予定が━」

②ふさが(って通じなくな)る。「パイプが━」

③苦しくなる。困る。「生活が━・返事に━」

④短くなる。ちぢまる。「日が━・着物の たけが━」

⑤ゆとりがなくなる。「胴まわりが━・俵に━〔=土俵ぎわに追いつめられる〕」

⑥〔会議などで〕こまかいところまで検討がすむ。

⑦〔野球で〕バットの しんをはずれた打球が いきおいがつかず、近くに飛ぶ。

《引用終わり》

ここまで読んでみると、『詰まる』にはマイナスイメージしかないので、その否定形である『つまらない』にはプラスイメージが伴ってしまうように見える。

行き詰まってしまったので、とりあえず似たようなことを考えた人を探してみたところ、どうやらかなり古い日本語として『理(ことわり)に詰まる』と言う言葉があり、その用法が日本語大辞典というものにはちょろっと載っている。

《日本語大辞典より引用》

(9) 決着がつく。筋が通る。なっとくできる。 多く下に打消の語・反語を伴って用いる。

《引用終わり》

ここで、現在では『理(り)に詰まる』と言う言葉がほかに存在しているようで、こっちはなんと『道理をもってせめられ、何も言えなくなる』、『話が理屈っぽくてつまらなくなる』と言う意味を持っているらしい…

逆じゃねーか!と思う気持ちもあるが、とりあえず考えを進めてみると、詰まるの定義の第一番『入れてすきまがなくなる』というのが、詰まるところ『詰まる』の基本イメージなのだと思う。

理屈でびっしりと埋まったとき、人は『納得する』か『うーわ、理屈っぽい』と言うどちらかの反応をすることになるので、どちらの意味があっても、決して不思議ではない。

言葉とはえてしてそう言うものだから。

ということで、『詰まらない』は『納得できない』の意味に、『詰まり』は『(理が)つまり、こう言うことが言える』という意味を持つようになった、と考えられる。

そのあとは『つまらない』=『おもしろくない』がほぼ同一視されるようになった現象について考えればいい。

ここでも、まずは『おもしろい』の定義を一覧してみる。

《三省堂国語辞典より引用》

①そのことに心が引かれ、熱中する気持ち(にさせるようす)だ。「勉強が━・会社へ行っても おもしろくない・試合がおもしろくなる・━ように〔=次から次へ、どんどん〕釣れる」

②(変わったところがあって)心が引かれる状態だ。「━建物・━成果」

③心が引かれて、笑いたくなる感じだ。こっけいだ。「━話」

④〔「おもしろくない」の形で〕のぞましい状態でない。「病状がおもしろくない」

《引用終わり》

四つ目の定義あたりで、ほぼ詰まるのではないかな、と思う。

『望ましい状態ではない』ときに、人は『納得できない』と言う気持ちを持ちうるし、『つまらん!』と思うわけである。

僕が普段語学教育上接するビジネスパーソンの皆さんの多くは、『語学はつまらない』と思っている人がほとんど。

だからこそ、納得できさえすれば、『面白い』と思って学習を続けてくれるわけである。

語学とはつまり、こういう風に、言葉にいろんなものを詰めていく試みなのである。

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